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保護者の方々からいただいた「感想文」の抜粋です


『運動会の感想』

当日朝の一言はひそかに楽しみにしているセレモニーです!かぜ組さんになると皆自分が課題としている競技がしっかりとわかっているようですね。我が子は前日まで合格できなかった「マット後ろ回り頑張ります!」の一言。本番まで諦めずできる瞬間を楽しみに待つことにしました。きっと去年だったら本番当日は「できるかな?」と冷や冷や見ていたことでしょう。ですが,今年は去年と異なり,本番までやってみないとわからないからどーんとあたっておいで,と思えたのです。子どもの家の中でも日々そうして過ごしているのですし,運動会だって日々の日常保育の延長なのですから。一年で母としての自分も少しは変われたかなと思える部分です。

親子でとても楽しみにしていた運動会。昨年も本番当日は素晴らしかったので,今年も同じ体験をできるんだなとワクワクしていました。子どもたちは各競技に集中し,転んでも最後まで投げやりにならず真剣に取り組んで,とても充実している様子が伺えました。自分が出場した後も,友達や同じ組の応援をしていたり,はたまた声援を忘れてしまうほど見入っていたりしている子もいて,見ていて微笑ましかったです。ソーラン節や組体操もピシッと決まって格好良かったです!手作りの国旗も誇らしげにかかっていました!

なにより,子ども達の「やるんだ!」という気持ちが強く感じられた今年の運動会。見ていてとても清々しい気持ちになりました。

そして,印象的だった事は競技結果を発表する瞬間です。赤組の負けが続いて,赤組の子ども達が徐々にしゅんとなっていきましたが,それでも次の競技の時にはその思いを引きずらずに集中して取り組み,結果発表ではまた負けを知りしゅんとなり。集団行動で負けた「悔しさ」が伝わりました。この気持ちは大切にして欲しいです。だって,真剣に取り組んだこその感情ですから。

子どもの家の運動会は来年あと一回。子ども達の成長を楽しみにしつつ,自分も母として成長できるよう日々精進していきたいと思います。


『御岳山 山登りの感想』

山を登っていると,周囲の登山者が「あの子たちは,小学2年生かな〜」「もっといってるよ」「いや,小さいよ。いくつだろう。」「幼稚園ということはないよね」という会話が聞こえてきます。

心の中で,幼稚園生なのだ!とちょっぴり自慢の気持ちになりましたが,やはり幼稚園生が山登りをする,そしてとても速く,きちんと歩くのを目の当たりにして,私も最初は驚きの気持ちでいっぱいで眺めていましたので,知らない人が見たら小学生だと思っても無理はないでしょう。

電車の中でもきちんとしていて,気持ちが良い!!

また,大きいリュックを背負った小さい身体の子ども達は,転んでも歯を食いしばって歩く姿に,感動しました。

通りがかりの大人も同じく「見て,見て!」と感動していました。

子ども達は,歩きながら余裕の合唱!空気のきれいな森林に囲まれた山道にハーモニーが響き,行き違いの若者の登山者は「エネルギーもらうな〜」「自分たちにも応援歌をうたってほしいよ〜」といってました。

私も一日一緒に過ごして,子ども達からたくさんのエネルギーを貰いました。これらの姿は,年少で入園してから先生と子ども達との日々の生活の積み重ねだと思います。本当に登山に行って良かったです。

そして,到着駅の改札口前で先生が子ども達を集めて「いくつ滝を見てきましたか〜?」と子ども達に語り掛けているのも,ただ連れて行くのではなく,子どもの家の教育のひとつなのだと思いました。

大満足の一日でした。


『参観後の感想』

 〜私自身の子育ての目標〜
@子どもの高校入学時に「高校卒業時に300万用意してあげるから,自分の人生を切り拓くために使いなさい」と伝えた時に,高校生活の3年間を準備期間として捉え,「どこの大学でこういう勉強がしたい」でも,「大学には行かずに,この分野で活躍するためにこう使いたい」でも,「必要とするものは,自ら用意するので援助はいらない」でも,答えは何でもいいので,“人生の目的を自分で決めて進んでいく”子どもになるよう,子育てをしていきたいと思っています。

A我が子が日々楽しく遊んで過ごすのを見て,親も幸せを感じるのは,そのときの喜びだけで終わってしまうものでしかなく,それではもったいないという思いで,幼稚園選びを始めました。

自らの幼少期の過ごし方に対する反省もあり,我が子には「できない事に対して挫折する機会が多く,その分それを乗り越える経験を多くして欲しい」と望んでおり,親もまた一緒に,その苦労を経験できる家族でありたいと思っています。

 〜子どもの家の保育内容に触れて〜
『色』『形』『重さ』といったような,社会の基本となる“単位”について,子どもたちの理解が深まる教材がたくさんあるので,生きていく基礎が身に付けられると感じました。

 〜最後に〜
子どもの成長・課題について,日々,家族で語り合える素晴らしい環境にあることに感謝しています。子どもの家にお世話になることを決めた時から,この状況は,より加速したように感じます。他の園では,ここまで真剣に子育てのことについて,考え,悩み,喜ぶ機会は持てなかったと思います。

今後も,親子で共に成長していきたいと思っておりますので,宜しくお願いいたします。


『参観を終えて』

先日の参観で生活発表会の劇の練習を見させていただきました。本の内容を一度しか読んでないのに,子どもたちがだいたい内容を把握していることに,まずびっくりしました。また劇の進行がとても興味深かったです。先生が「つぎはどんな内容だったかな?」と子どもたちに思い出させていき,各々思いをめぐらし,物語りがすすんでいくので,飽きることなく,皆興味津々でした。積極的に発言があり,子どもたちはとても楽しそうでした。

台詞も「いま,○○(役)はどんな気持ちかな?」と,一人一人がその場面だったら自分はどう感じるか考えさせ,台詞ができていき,皆がそれに耳を傾けている姿が印象的でした。このように自分たちで台詞を考えていたなんて知りませんでした。発表会当日の楽しみが1つ増えました。子どもたちがどのように感じて台詞ができたかなど想像しながら見させていただきたいと思います。

生活発表会の練習だけでなく,先生方が子どもたちにどう思ったか,どうすれば良いか,どうしたいのか,子どもたちに考えさせている場面がとても多かったように感じました。加賀谷先生が以前「家庭でちゃんと子どもに考えさせていますか?」と保護者会でおっしゃっていましたが,今回の参観で,まだまだ自分で○○させているつもりの<つもり>が多いんだなと本当に深く反省しました。

参観後のこの数日間,意識して息子に考えさせるようにすると,実にいろいろな場面で機会があり,今まで沢山見過ごしてしまっていたこと,知らず知らずのうちに私が先回りしていたり,口出してしまったり,意識しないところで選択肢を与えていなかったりしたことに気付きました。

これからも母子共に学んでいきたいと思っています。<年中男児母>


『お誕生会を終えて考えること』


“自分で考えて堂々と言えるひとになってね”

お誕生会のセレモニーと,いただいた色紙にあったこの言葉が,ずっと私の胸に響いています。

この言葉は以前から折に触れ言われていることでもあり,私も意識しているつもりでした。過保護・過干渉にならないように。手をださず,肩代わりをしないように,と。でも私はちゃんと働きかけることができていたのでしょうか。

入園前に比べると私の息子への接し方はずいぶんと変わりました。先生のご指導のお陰と感謝しております。先生との出会いがなければ今もどっぷりと過保護・過干渉のまま過ごしていたことでしょう。私も知識を得,考え,実践することができました。生活発表会終了後に「ナレーターだったからハラハラしたでしょう」と保護者の方に声をかけれらた時,まったく心配していなかった自分に気づいて「子どもを信頼していたってことだ。私も少しは成長したかな♪」と思い一人喜んでさえいました。

しかし,最近やたらと気になる息子の姿・・・。自分で考えようとしない。すぐ人に教えてもらおうとする。「何を着たらいい?」などという極々簡単なことまで聞いてくることもあります。

私は普段「どうしたらいいと思う?」「どうしたい?」と,息子に考えさせていたつもりでしたが,それは本当に正しくできていたのだろうかと,今,省みています。息子が考えている横から,答えを暗示させるようなことを言っていなかったか?ちゃんと待てていたか?そして考え出した結論を尊重していただろうか?

「何て言えばいいの?」「どうしたらいいの?」と私に投げかけてくる言葉は,“自分がどうしたいか”よりも,“どう言えばママは気に入るの?”,“どうすればママは怒らないの?”という訴えのようではないでしょうか?私は無意識のうちに子どもを操って,自分の望むように行動させているのかもしれないと情けなく思います。

試行錯誤できる子になってほしい,自分で工夫して打開策を講じるようになってほしい,堂々と言えるようになってほしい・・・色々望んでしまいますが,まずは“自分で考えて自分の意見をもつ”ことができるよう,私のあり方を見直していきます。子どものあるがままを受け入れるように・・・。そして,『100の指摘より1の気づきが子どもを成長させる』を忘れず,おおらかに見守る母になろうと,お誕生会を機に気持ちを引き締めています。


『参観日の感想』


百聞は一見にしかずと申しますが,保護者会は,先生の日々のお話と,子ども達の実際の活動内容を一致させられる貴重な機会と感じています。どんなことでも,「本当にこれで良いんだろうか?うちの子はどうしたら良いんだろうか?いつも先生のお話や助言を信じてついていくわ!と頑張っているつもりですが,うちの子大丈夫なんだろうか?」という不安が時々沸いてくるものです。ですが,実際に活動する子ども達を見ると,やっぱりここにして良かった,このままついていけば良いんだと確信できます。加えて,先生のお話をしっかり理解できていない自分を反省し,気持ちを新たにするとても良い機会だと思っています。

また,こまめに「子どもの家だより」を発行いただき,勉強会や保護者会でお話しをしていただいておりますが,その上で参観日を迎えると,「ああ,なるほど!これか〜」と実感でき,「子どもの力を信じ,環境を整えること」「待つこと」の大切さが深く伝わってきます。そして,子ども毎に異なる個性を本当に大切に生かして対応していただいていることがわかります。

さて,今回は我が子30%,他の子70%の割合で見ようと思っていました。全体の中で我が子はどう活動しているのか,今後どういう対応が必要なのか知りたかったのもありますが,子どもの家の子ども達の個性溢れるお仕事ぶりを拝見したかったからです。正直,実に面白かったです。(先生は大変なのにすみません…)同じお仕事をしても,カレンダー作りをしても,取り組み方,手の動かし方,集中力,過程が様々で,お仕事の流れがわかっている子もいれば,ブツ切りにしか理解できていないようだったり,律儀にやっている子,ちょっと雑な子,楽しそうだったり緊張していたりボーっとしていたり,実に様々な個性に溢れていました。けれど,子ども達は皆,自分の頭で自分なりに考えて,精一杯取り組んでいることが伝わってきて感動してしまいました。参観日に来て,こんなに子ども達を応援したくなる参観日ってないんじゃないでしょうか?これは他の一斉保育幼稚園では見ることのできないことかと思います。先生のおっしゃっていたように,睡眠や疲れも含め,家庭での取り組みが影響を及ぼしているのかなと思える点が多々ありましたが,同じ時間を過ごす中で,これだけの環境を生かせないで過ごすのは,もったいないなと改めて感じました。わずかですが,先生の仰るように,「子どもの可能性を信じ」,日々取り組んでまいりたいと思います。

素晴らしい機会をありがとうございました。



『作品展を終えて』

子供の家に入園し,初めて持って帰ってきた作品を見たとき,純粋に子供の作品に感動し,喜んだのを思い出します。そのうち幼稚園で同学年のほかの子供たちの作品に触れる機会があり,自分の子供との成長の比較をしてしまい,なぜ他の子のように色をたくさん使ってかけていないのだろう?進捗状況はどうだろう?遅れていないかな?と色んなことが気になってしまって,子供がどんな気持ちで作品作りに取り組んだのか,自分でうまくできないところを乗り越えて最後までやり遂げたんだという過程にまで,気持ちが回らなくなっていた時期を思い出しました。

先生が「カレンダー作りの日付スタンプやっと上手にできるようになってきたのよ。」とおっしゃってくださったとき,ああ,自分の子供はできないことがあって,それができるようになっているんだ,「時間がかかっても必ずできるようになると子供を信じること」という先生の言葉が本当の意味で理解できた気がしました。

今までは信じることだけで,その後,子供の体験を親子で共有することがなかったし,どういう言葉かけをしてよいかわからず,作品のこともまったく触れていませんでした。形式的に家に飾っているだけ・・・。でも娘が持って帰った作品を飾りながら,ここはずいぶんやり直しをしているからてこずったんだろうなぁとか,だんだん上手になってきているなぁとか,私も作品を見ながら子供と話をすることで,子供もうまくできなかったと思うところや,できてうれしかったことを次々話してくれるようになりました。

意外なことに,子供自身がうまくできなかった,もっと上手に作りたかったと悔しがったりもしていたので,親子でどうしたらもっとうまくできるか話しあったりする時間ができ,充実した親子会話も楽しめるようになりました。

なにより驚いたことは,作品展で見る子供たちの絵や作品は,どれも忠実に再現されているということです。お米や,馬,花,芋,どれも大きさや色,形も特徴をよく捕らえていて驚きました。

家で塗り絵をしていても,図鑑をとりだしてきてずいぶん長く眺めているなと思い「塗り絵しないの?」と声をかけると「観察してるんだよ」と返ってきました。今まで好きな色に塗っていたようなものも,本当の色を塗る。そんなことも学び取っていることに,子供たちの幼稚園での生活の充実を感じることができました。大人からすれば当たり前で些細なことでも,子供たちは敏感に感じ取っていること。今回の作品展で子供たちを見くびっていたなぁと痛感してしまいました。

この体験を踏まえて,今後は子供の学びたいという気持ちをもっと育てていけるような環境作りや,親子関係を築けていけたらいいと感じました。

素敵な機会を与えてくださりありがとうございました。
また,3日間お疲れ様でした。



『筑波山登山@』

前日の雨も止み,当日は雲一つない登山日和となりました。

まず驚いたのが,電車の中での子供たちの行儀のよいこと!潮干がりや芋ほりなどの行事は現地での集合・解散ですので,他の子供たちと一緒に行動することが今までになく知らなかったのですが,電車やバスの車中,別にじっと座っていることが苦痛にしているという様子でもないので,本当にみんなしっかりとしていて,安心して見ておりました。

電車を降り,登山口に到着するとすぐにゴツゴツとして岩が多く見える山道が見えました。もっとなだらかな登山を想像していたのですが,先生から「ここを登ります」とのこと。「えっ!子供たちはこの急斜面を登れるのだろうか?」との私の思いをよそに,淡々と登って行く子供たち。私はというと,最初の休憩地点で足には乳酸がたまり,重くなってしまいました。学生の頃,スポーツをしていたという自分の体への自信過剰と,日頃の運動不足を後悔しつつ,頂上を目指しました。大人の私でさえ,登るのに苦労する岩場だったり,急斜面がありましたが,子供たちにしてみれば,大きな壁をよじ登る感覚だったのではないでしょうか。身長の高さはあろうかという壁を,全身を使ってよじ登る子供たちを見て,テレビのCMでおなじみの「ファイト!一発!」を見ているかのようでした。また,ある園児さんは,登山をしながら「サバイバルだ!」と言っていましたが,まさにそのような気持ちになる位,過酷だったのかと思います。すれ違う登山者からは「こんなに小さいのにすごいねー」「ここを登ってきたの?」と声をかけられる場面が度々あったのですが,その度に,自分の子供も含め,子供たちを誇らしく思うのと同時に,自分のことのように嬉しかったです。

登山を終えて,子供たちの必死に上を目指して登っていく姿勢や,頂上に着き晴れやかな笑顔で景色を見ている子供たちを見られて,本当に参加した甲斐がありました。また子供たちも,みんなで声をかけ励ましあいながら,一つの目標に向かうことの経験だったり,みんなで登ったという達成感は,これから成長していく中で貴重な体験だったことだと思います。



『筑波山登山A』

「やった!」女体山山頂に立った時の正直な感想でした。ゴツゴツした岩をいくつも乗り越えゼェゼェ言いながら到着した山頂は,達成感で一杯でした。

この山登りは,噂では聞いていた電車内での様子や,手をつないでの整列歩行,そして登山をする我が子や他の子供たちを見ることで,なにか成長を感じることができるかと思って参加させていただきましたが,結果,自分自身が子供たちと同じように楽しみ,いい汗をかき,気持ちよく清々しい気持ちで,笑顔になって帰ってきてしまいました……。

山登りはいつも,朝,駅で送り出し,夕方,駅に迎えに行く。そうすると,みんな手をつないで,元気な顔で改札を抜けてくる。帰ってくると,「楽しかった」としか感想を言わないけど,長い移動をし,体全体を使わなければ登れないような岩を難なく乗り越え,登山者をどんどん追い抜き,山頂では登頂の達成感と最高の景色を味わい,おいしいお弁当を食べ,帰りの車中でぐっすり寝て疲れを取り。本当に色んな経験をし,一回り大きくなって帰ってきていたんだということ,気づかされました。

いつもこのような体験をさせてもらっている子供たちを羨ましく思うと同時に,卒園したら,親としてこんな素晴らしい体験をさせてあげられるかとも考えてしまいました。子どもの家では,日々のお仕事や,色々な体験をすることで,多くの達成感を味わい,子供たちが成長できていると,改めて実感いたしました。

最後に父兄の方々へ。「筑波山登山,お勧めです!」



『作品展』

我が子は年中の終わり頃から,作品の様子が変わってきているな…と感じてはいましたが,今回の作品展では,製作力がついてきているのがよくわかりました。形を作ること,色彩感覚…などが作品に出せるようになっているなと思いました。何より「楽しい〜♪」というのがよく伝わってきます。思えば昔は,線どおり…,枠の中…などできなかったのが,その基本が身についたからこそのステップアップだと感じずにはいられません。基本を何度もご指導いただいたからこそ,今の力が出せると心から思います。本当にありがとうございます。

本人も自分の作品を楽しそうに誇らしげに話し見せてくれます。それは,一つ一つの作品に対して,一生懸命取り組んだからそう思えるのだと思います。
「〜ちゃんは○○つくったんだよ」「〜ちゃん,間に合わなかったんだよ」など,他の子が苦戦したり,作る現場を知っているからか,素直に“すごい”とか“残念”と思える気持ちも育っているなと感じました。それは本当にすてきなことだと思います。きっと子どもの家には,そのような環境があるのでしょうね。

少しおもしろいなと感じたことは,去年とはまた違った印象の作品展に感じたことです。それは表現する子どもたちが変わったから,その個性が出ていたということなのでしょうか。今の子どもの家の子どもたちの雰囲気が,作品を通して伝わってきた感じです。動かぬ作品なのに,それは本当におもしろい感覚でした。あと一人ひとりのポーズ,とてもおもしろかったです。演出も楽しかったです(馬と家)。

子どもの家の作品展は「みんな同じ物を同じように作る」「見栄えのするものを作る」などがなく,その子の個性を大事に,その子なりの工夫,努力などを見る事ができる,あたたかい作品展でとても好きです。ばらばら持ち帰ってくると気づかないことも,あのようにならべてみると,改めて気づくことがある機会だと思います。



筑波山登山に同行して

当日は,まさに秋晴れの「登山日和」。足取りも軽く出発。電車内では相変わらずの子どもたちの様子に満足しつつ筑波駅に到着。と,今シーズンの登山者が全員集合したかの混雑振り。我々は,急遽ルートを変更してケーブルカーで男体山を登り,そこから下り始める登山(?)をスタートしたのでした。
子どもたちの様子。行く手に大きな岩が多い筑波山では,コース取りに個性が出てオモシロい。しゃにむに障害物に真っ向勝負派。少し遠回りでも回り込んで急がば回れ派。“……。”立ち尽くし,励まされ我に返る派。そこに学年や月齢の違いは余り感じられなく,各々の気質を感じ,興味深かったです。ペース配分もそれそれで,つねに第一グループで頑張る子,ちょっとインターバルで中間グループに退いて(無意識でしょうが),また第一線に復活…を繰り返す子,いつも後部グループでコツコツな子。本当に色々なのですが,共通しているのは,平らな道になった途端,脱兎のごとく走る!走る!走る!!!子どもたちが野生のウサギやら,タヌキやら,はたまたイノシシやらに見えたものです。
う〜ん,やっぱりウチの子たちってカッコイイ。凛々しさを感じ,嬉しくなってしまいました。

弁慶の七戻りをはじめとする難所の大岩に淡々と取り組み,したたか転んでもキャンとも言わずに登山をする子どもたちを見て,他の登山の方々は“すごいね〜えらいね〜こんなに小さいのにね〜こんな位から経験していたら逞しくなるよね。(転じて自分の子に,小中学生含む)ほらほら,アンタも見習って!!(自分は)ふ〜ふ〜,あ〜しんど〜い”
……。自分も出来ていないのに,子どもにそれ言うの〜??普段から積み重ねていないことを突然要求されたら,子どもたちも堪らないだろうな…。とんだとばっちりでお気の毒です。でも登山しようと思い立ってくるだけ偉いのかな。しようとしない人も沢山いるのでしょうから。

“いいのは分かっているんだけどね〜え”でもしない?だからやる?ここが全ての分かれ目だとつくづく思います。ここぞと,これはやるべきだと思ったら,多少しんどくても挑んで欲しい。今この子たちは当然そんなふうに理屈で行動していないけれど,目標に向かって,達成する,そして気持ちいい!!を今たくさん経験して,将来,たとえ限界と思われても,臆せず,冷静に目指すことの出来る胆力みなぎる大人になってほしい。
そのために私たち周りの大人が,子どもたちにとって“これはいい!!”と見極めたことは,その環境を整え,見守る努力を怠らないようにしよう。ちゃんと親になるということは覚悟のいることです。人は必ず誰かの子となって生を受けますが,人は必ずしも親とは限らない。親となる喜びを享受するならば,その使命をも受け止め全うするべきであると。私も覚悟を決めていますが,大変自分にあま〜い!!人間ですので,決して聖人になれるわけもなく…。

日常生活に追われ,一緒に行きたい所,経験させたいことは,山ほどあるのに,それを全て自分たちでは,行えないのが現実。私たち親に代わって,安全確保も含め,様々なリスクに臆せず,様々な経験をさせてくださる,先生方にはやはり脱帽というより他ありません。“子どもの家”を知ってるから,ここにお世話になってるから,私は今まで,一時預かりでも,我が子を預けたことはありません。預ける気にならないのです。私の,この宝物を託せるのは,家族以外には,こちらだけなのです。

近付いてくる卒園を前に,少しセンチメンタルな文面になり,お許しを。
これからも続く“子どもの家”。涙も笑いもあって,たまに,すっかり大きくなった“子どもたち”が“ただいま〜!!”と,ふらっと帰って来られるなつかしい場所。
沢山の子どもたちの行く末の“道しるべ”となり続けてほしい。
在り続けてほしい。いつも応援しています。

筑波山登山(今回は山くだりがメイン?!)を終えて,子どもたちの様子を見られて大満足。(最後のお着替えのシーンもそれぞれのドラマあり,フルヌード&靴だけ着用など,着替え方にも個性が・・・。子どもは本当におもしろい。観察してて飽きません。)自分自身も,久々の山歩きで,楽しかったです。ありがとうございます。
最近は歳のせいか,肉が食べたくなるなんて余り無かったのですが,同世代のAさんと,“今日は無性に肉が食べたい気分だね〜!!”と喜んでいました。ちなみに夕食は焼き肉でした。

さいごに,この環境を当たり前のものとさせていただける幸運に,大きな感謝と誇りを感じます。



『運動会』

とうとう最後の運動会が終わってしまいました。やっぱり大好きです!子どもの家の運動会。我が子の事で言えば,やっとというべきか“できるようになりたい”という気持ちが出てきて向かう姿勢があった事を嬉しく思います。全身で楽しんでいるのがよくわかりました。後日,「運動会もうおしまい?」「またやりたかったなー。」と言っていました。

 当日,あいにくの雨でしたが,それを吹き飛ばしてしまうくらいの“始めたからにはやるよ!”という先生方,子どもたち,父兄たちの強い想い!!あの状況の中,予定の全競技をこなし,雨が上がったらサッと集中する。“雨で残念”のひとかけらも感じない充実した運動会でした。子どもの家だからこそだと思います。予行なし,雨…,そのような中であれだけ動き,集中できる子どもたちもすごいです。

そして,毎年思うことですが,始めと終わりの一人ずつのコメント。“自分の言葉”でしっかり伝える子どもたちは堂々としていてすごいです。ただ改めて思うのは,この“1人ひとりの言葉を大事にする時間”がある,持つ事ができる機会が,運動会の中にあるということは子どもの家でしかできないと感じます。

色々な競技がありますが,特に豆つまみ障害走は,レースというより,日々の個々の生活発表という感じがよく見えると思います。順位ではなく,向かっている姿に心を打たれます。

全体遊戯,すごくよかったです。同じ音楽,踊りのはずなのに,まじめに拍を取る子。ノリノリで自由に表現する子。頭で確認しながら忠実にやろうとする子。歌いながら踊る子。色々な表情,表現があっておもしろいです。何より楽しいというのが伝わってきました。そして,母たちのまさかのアンコール。その時の子どもたちの表情ったらたまらない。“なに?なに?なに???”そして2回目,こんな隊形だったかな?と思うほど,またまた違う印象の踊り。2回見る事ができて,ゆっくり楽しませて頂きました。“まさかのアンコール”も子どもの家でしかできないですよね。

親の競技ですが,子どもが主役とわかっていても,やはり熱くなってしまいます。妻,母となってから,こんなに全身で熱くなれる機会,経験,本当にないです。点数がしっかり入るとなれば,やはり熱くなってしまいます。すみません…でも楽しい!!

しみじみ思います…。手作り&サプライズ&臨機応変…,子どもの家“ならでは”“らしい”が沢山あると。ハプニングの時こそ真価が問われる。まさに今年は,そんな運動会だったように思います。至るまでの,先生方の日々のご苦労の積み重ねだと思います。このような素敵な運動会に参加させて頂ける事,心より感謝申し上げます。ありがとうございます。



『お誕生日会』

足かけ何年もお世話になってきた中で,やっと先生がおっしゃっている『子どもの成長を見られることは楽しい』と言う意味がわかってきたように思います。

わが子を見ていると,日々の生活の中で時間に追われているような気になり,成長も日進月歩のような感覚になりますが,子どもはやはり自らを成長させようとする偉大な存在なのですね。

先生が繰り返し教えてくださっている『母親は,よく観察して,よく聞いて,口をあまりださない』ということを実行していれば,子どもは育っていくのだということと,親が常に安定しているべきだということを再確認しました。

一人ひとりの行動や内容を瞬時に把握している先生のテクニックは何度見ても感動の一言で,毅然とした先生の姿と絶対的信頼感を寄せる子どもたちの輝いた目に言葉がつまるほど感動してしまいました。絶対的信頼感を持って愛にあふれた母親になるべく,これからも日々精進していきます。



『作品展1』

作品展ありがとうございました。1つずつ名前を付けたり,とても大変だったことと思います。

子どもの作品展というものは初めての経験でしたが,とてもよかったです。みんなの一生懸命展というか,その子(個)展というか…
作品から見る子どもたちの様子がとても楽しかったです! 正直,あのように飾り出してみると,素敵な作品ばかりで驚きました。見せるために作ったものではないとわかっていても,見栄え良過ぎでした。いや…見せるために作っていないからこそ,伝わってくるものがあったのだと思います。

他の子と比べるというのではありませんが,以前はこういう頃もあったな…とか,この年齢でもこういうことができるんだなとか,家にはないおしごとの作品があったりと,並べて見ると,我が子が持ち帰って来た作品では見ることができない面もありました。子どもの体の絵も,絵本を返す時などに見たはずでしたが,改めて描いた子,描かれた子をじっくり見ると,とてもおもしろかったです。顔,特徴,雰囲気が伝わってきて,その子が見えるようでした。

普段,先生方や,夫や,他の母たちと作品についてじっくりと話をすることもないので,とても良い機会でした。見せるための展ではなく,子どもの家の造形に対する子どもたち,先生方の取り組みが伝わってきた作品展でした。充実した時間を過ごすことができました。



『作品展2』

作品展についてですが,まずわが子が一番楽しみにしていました。正直なところ,家でもそれなりに展示(?)はしているので,そこまで楽しみにするものかと思ったのですが,一生懸命作った自分の作品を大勢の方に見ていただけるという機会は,小さな芸術家気分を味わえたのでしょうか?本当にうれしそうでした。

祖母(私の母)は「子どもたち全員がのびのびと色んなことをさせてもらえている」と話してくれました。私は「子どもの可能性を大人が決め付けてはいけない」,「子どもって色々なことを生み出すパワーを持っている」と再認識しました。

親バカになって誤解しないように常に思っているのですが,「計算もできてすごい,カタカナも読めてすごい,彫刻刀もできてすごい,こんな細かいものを良くできるね」などと感嘆されたりすると,うちの子はできるのかと誤解しそうになります。でも決して「できる」のではなく,先生方ができるように導いてくださったこと,そしてわが子に限らず,子どもたち全員が毎日のお仕事の積み重ねの中で能力を育んでいるのです。素敵なことですね。

そして同じ題材でもひとつとして同じ作品はないし,薄っぺらなものも何一つなく,生き生きと作品が生み出されていることを本当にうれしく思えました。子どもの家に通える子どもたちは本当に幸せです。

来年以降も,ぜひ作品展継続をお願いします。



『筑波登山』

この日の目的である山登りはもとより,いつも一体どのようにして公共交通機関を利用し,しかも日曜日とはいえ人々の動きが活発な時間帯に大勢の子ども達を引率して行くのかといったことに,以前から非常に興味を持っていたので,電車に乗るところから楽しみにしていました。

筑波山は,自分も小学生の低学年の頃に登ったきりで記憶には薄かったのですが,実際に登ってみると,登山道は所々細く,道脇の木々の隙間から斜面を覗くと結構な急傾斜で,踏み外すと簡単に下まで滑落してしまいそうだったり,ある高さから上部はごつごつとした険しい岩場で,大人でも一歩一歩登るのが大変な大きい岩もあり,子どもにとってみたら自分の身長とまではいかなくても,目前に立ちはだかる岩をよじ登る印象だったのではなかろうかと思いました。しかも前日までの雨と,少しですが当日の霧雨の影響で岩がぬれていて,大人でも時々バランスを崩しがちになり,非常に慎重に足を踏み出していた位なので,彼らにとってはかなりの恐怖感や不安感を抱きながらの登山になったのではないかなと思いました。

そのような状況下でも,ばらつきはありますが,子ども達がめげずに一生懸命よじ登っていく姿や,先に行った者が後続の者に大きな声で「がんばれー」と声援を送る姿,その声援に応えるようにこつこつとあきらめずに登る姿を見られたことは,日々多忙の中で純粋さを失っている私たちにとって非常にいい体験となりました。また,山登りとは単なる体の健康のための運動ではなく,仲間との一体感,信頼感を感じたり,仲間への思いやりの気持ちを持つことを覚えたり,頂上まで頑張って登れたんだといった達成感を味わえる,健康な心の育成のための活動でもあるのだなと深く感じました。そして,これは家族で登るのとは違って,上の子ども達が面倒を見たり,全体が仲間として繋がっていることを感じたりといった団体生活での協調性を養える場なのだと思いました。

やがて二つの頂上を制覇して岐路に着く頃には,天候こそちょっと雨に降られ芳しくはありませんでしたが,子ども達の心の中はすっかりと晴れ渡っていたに違いないと思います。これからも子ども達にはこういった経験を少しずつでも積み重ねさせてあげたいものだなと思いました。今年から山登り活動をし始めた我が子にとっても,達成感や満足感等々を実体験できた貴重な一日だったと思います。



『父親参観』

幼少期に受ける教育が子どもにどのような影響を与えるのか?なんてまったく考えたことが無かった私としては,素直に「子どもの家」って普段何をしているのか?モンテッソーリって?という興味を持って,参加させていただきました。(普段,話を聞いたりはしておりますが,勉強不足で大変申し訳有りません。)

まず最初に驚かされたのは,教具の多さです,壁一面が棚になっており,そこに整理整頓された教具がたくさん有ることでした。ちょうど30年前,私が通っていた幼稚園では見たことも無いものばかりでした。数字や,文字,形,立体等,何に使うのかもわからないものまで。また,私がお仕事をしている部屋に入ったときには,子ども達全員が,席に着き,それぞれが色んな仕事を始めており,しゃべっている子や,走り回るような子(我が子を含め)もいませんでした。学級崩壊なんて言葉を耳にするようになった時代,それだけでもしっかりしているな,と感心しました。

近くにいる子達を見ていると,カレンダーを作っている子,教具を使って1〜100まで数字のお仕事をしている子,裁縫をしている子,織物をしている子,たくさんの四角い積み木で立方体を作っている子など様々でした。立方体を作っている子は,最後には目隠しをしだし,その形を手から感じ取り,組み立てており,大人の自分でもできるのか?と不安になりました。

我が子に目を移すと,最初は離れていたため遠巻きに見ていると,先生に作業ができたことの報告や,次の仕事はこれをやってもいいですか?と,新しい教具を持ってくる作業を何度も何度も繰り返し行なっており,家ではあまり見ることができない真剣な顔で作業をしていました。近づいてみると,難しそうな立体パズルを行なっており,しばらく見ているうちに完成させてしまい,真剣に見ていた私はかなりホッとしたのですが,本人は何事も無かったかのように,次の教具を探しに行っておりました。

我が子はまだまだかもしれませんが,今日のように一生懸命お仕事に取り組むことで,年長さんになる頃には,今の年長さん達のように育ってくれるのではないかと,期待を膨らませることができました。

正直,幼稚園選びの際に,近い,安い,親が楽か?といった観点から選ぶべきかと思っておりましたが,妻が「モンテッソーリ教育を受けさせたい」と言った気持ちが解った気がします。私自身,もう少し子どもの教育に目を向け,できる部分は協力しなければと思えただけでも,本日は有意義な時間だったと思います。ありがとうございました。




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