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保護者の方々からいただいた「感想文」の抜粋です



『作品展』

 我が子は年中の終わり頃から,作品の様子が変わってきているな…と感じてはいましたが,今回の作品展では,製作力がついてきているのがよくわかりました。形を作ること,色彩感覚…などが作品に出せるようになっているなと思いました。何より「楽しい〜♪」というのがよく伝わってきます。思えば昔は,線どおり…,枠の中…などできなかったのが,その基本が身についたからこそのステップアップだと感じずにはいられません。基本を何度もご指導いただいたからこそ,今の力が出せると心から思います。本当にありがとうございます。

 本人も自分の作品を楽しそうに誇らしげに話し見せてくれます。それは,一つ一つの作品に対して,一生懸命取り組んだからそう思えるのだと思います。
「〜ちゃんは○○つくったんだよ」「〜ちゃん,間に合わなかったんだよ」など,他の子が苦戦したり,作る現場を知っているからか,素直に“すごい”とか“残念”と思える気持ちも育っているなと感じました。それは本当にすてきなことだと思います。きっと子どもの家には,そのような環境があるのでしょうね。

 少しおもしろいなと感じたことは,去年とはまた違った印象の作品展に感じたことです。それは表現する子どもたちが変わったから,その個性が出ていたということなのでしょうか。今の子どもの家の子どもたちの雰囲気が,作品を通して伝わってきた感じです。動かぬ作品なのに,それは本当におもしろい感覚でした。あと一人ひとりのポーズ,とてもおもしろかったです。演出も楽しかったです(馬と家)。

 子どもの家の作品展は「みんな同じ物を同じように作る」「見栄えのするものを作る」などがなく,その子の個性を大事に,その子なりの工夫,努力などを見る事ができる,あたたかい作品展でとても好きです。ばらばら持ち帰ってくると気づかないことも,あのようにならべてみると,改めて気づくことがある機会だと思います。



筑波山登山に同行して

 当日は,まさに秋晴れの「登山日和」。足取りも軽く出発。電車内では相変わらずの子どもたちの様子に満足しつつ筑波駅に到着。と,今シーズンの登山者が全員集合したかの混雑振り。我々は,急遽ルートを変更してケーブルカーで男体山を登り,そこから下り始める登山(?)をスタートしたのでした。
 子どもたちの様子。行く手に大きな岩が多い筑波山では,コース取りに個性が出てオモシロい。しゃにむに障害物に真っ向勝負派。少し遠回りでも回り込んで急がば回れ派。“……。”立ち尽くし,励まされ我に返る派。そこに学年や月齢の違いは余り感じられなく,各々の気質を感じ,興味深かったです。ペース配分もそれそれで,つねに第一グループで頑張る子,ちょっとインターバルで中間グループに退いて(無意識でしょうが),また第一線に復活…を繰り返す子,いつも後部グループでコツコツな子。本当に色々なのですが,共通しているのは,平らな道になった途端,脱兎のごとく走る!走る!走る!!!子どもたちが野生のウサギやら,タヌキやら,はたまたイノシシやらに見えたものです。
 う〜ん,やっぱりウチの子たちってカッコイイ。凛々しさを感じ,嬉しくなってしまいました。

 弁慶の七戻りをはじめとする難所の大岩に淡々と取り組み,したたか転んでもキャンとも言わずに登山をする子どもたちを見て,他の登山の方々は“すごいね〜えらいね〜こんなに小さいのにね〜こんな位から経験していたら逞しくなるよね。(転じて自分の子に,小中学生含む)ほらほら,アンタも見習って!!(自分は)ふ〜ふ〜,あ〜しんど〜い”
 ……。自分も出来ていないのに,子どもにそれ言うの〜??普段から積み重ねていないことを突然要求されたら,子どもたちも堪らないだろうな…。とんだとばっちりでお気の毒です。でも登山しようと思い立ってくるだけ偉いのかな。しようとしない人も沢山いるのでしょうから。

 “いいのは分かっているんだけどね〜え”でもしない?だからやる?ここが全ての分かれ目だとつくづく思います。ここぞと,これはやるべきだと思ったら,多少しんどくても挑んで欲しい。今この子たちは当然そんなふうに理屈で行動していないけれど,目標に向かって,達成する,そして気持ちいい!!を今たくさん経験して,将来,たとえ限界と思われても,臆せず,冷静に目指すことの出来る胆力みなぎる大人になってほしい。
 そのために私たち周りの大人が,子どもたちにとって“これはいい!!”と見極めたことは,その環境を整え,見守る努力を怠らないようにしよう。ちゃんと親になるということは覚悟のいることです。人は必ず誰かの子となって生を受けますが,人は必ずしも親とは限らない。親となる喜びを享受するならば,その使命をも受け止め全うするべきであると。私も覚悟を決めていますが,大変自分にあま〜い!!人間ですので,決して聖人になれるわけもなく…。

 日常生活に追われ,一緒に行きたい所,経験させたいことは,山ほどあるのに,それを全て自分たちでは,行えないのが現実。私たち親に代わって,安全確保も含め,様々なリスクに臆せず,様々な経験をさせてくださる,先生方にはやはり脱帽というより他ありません。“子どもの家”を知ってるから,ここにお世話になってるから,私は今まで,一時預かりでも,我が子を預けたことはありません。預ける気にならないのです。私の,この宝物を託せるのは,家族以外には,こちらだけなのです。

 近付いてくる卒園を前に,少しセンチメンタルな文面になり,お許しを。
 これからも続く“子どもの家”。涙も笑いもあって,たまに,すっかり大きくなった“子どもたち”が“ただいま〜!!”と,ふらっと帰って来られるなつかしい場所。
 沢山の子どもたちの行く末の“道しるべ”となり続けてほしい。
 在り続けてほしい。いつも応援しています。

 筑波山登山(今回は山くだりがメイン?!)を終えて,子どもたちの様子を見られて大満足。(最後のお着替えのシーンもそれぞれのドラマあり,フルヌード&靴だけ着用など,着替え方にも個性が・・・。子どもは本当におもしろい。観察してて飽きません。)自分自身も,久々の山歩きで,楽しかったです。ありがとうございます。
 最近は歳のせいか,肉が食べたくなるなんて余り無かったのですが,同世代のAさんと,“今日は無性に肉が食べたい気分だね〜!!”と喜んでいました。ちなみに夕食は焼き肉でした。

 さいごに,この環境を当たり前のものとさせていただける幸運に,大きな感謝と誇りを感じます。



『運動会』

 とうとう最後の運動会が終わってしまいました。やっぱり大好きです!子どもの家の運動会。我が子の事で言えば,やっとというべきか“できるようになりたい”という気持ちが出てきて向かう姿勢があった事を嬉しく思います。全身で楽しんでいるのがよくわかりました。後日,「運動会もうおしまい?」「またやりたかったなー。」と言っていました。

 当日,あいにくの雨でしたが,それを吹き飛ばしてしまうくらいの“始めたからにはやるよ!”という先生方,子どもたち,父兄たちの強い想い!!あの状況の中,予定の全競技をこなし,雨が上がったらサッと集中する。“雨で残念”のひとかけらも感じない充実した運動会でした。子どもの家だからこそだと思います。予行なし,雨…,そのような中であれだけ動き,集中できる子どもたちもすごいです。

 そして,毎年思うことですが,始めと終わりの一人ずつのコメント。“自分の言葉”でしっかり伝える子どもたちは堂々としていてすごいです。ただ改めて思うのは,この“1人ひとりの言葉を大事にする時間”がある,持つ事ができる機会が,運動会の中にあるということは子どもの家でしかできないと感じます。

 色々な競技がありますが,特に豆つまみ障害走は,レースというより,日々の個々の生活発表という感じがよく見えると思います。順位ではなく,向かっている姿に心を打たれます。

 全体遊戯,すごくよかったです。同じ音楽,踊りのはずなのに,まじめに拍を取る子。ノリノリで自由に表現する子。頭で確認しながら忠実にやろうとする子。歌いながら踊る子。色々な表情,表現があっておもしろいです。何より楽しいというのが伝わってきました。そして,母たちのまさかのアンコール。その時の子どもたちの表情ったらたまらない。“なに?なに?なに???”そして2回目,こんな隊形だったかな?と思うほど,またまた違う印象の踊り。2回見る事ができて,ゆっくり楽しませて頂きました。“まさかのアンコール”も子どもの家でしかできないですよね。

 親の競技ですが,子どもが主役とわかっていても,やはり熱くなってしまいます。妻,母となってから,こんなに全身で熱くなれる機会,経験,本当にないです。点数がしっかり入るとなれば,やはり熱くなってしまいます。すみません…でも楽しい!!

 しみじみ思います…。手作り&サプライズ&臨機応変…,子どもの家“ならでは”“らしい”が沢山あると。ハプニングの時こそ真価が問われる。まさに今年は,そんな運動会だったように思います。至るまでの,先生方の日々のご苦労の積み重ねだと思います。このような素敵な運動会に参加させて頂ける事,心より感謝申し上げます。ありがとうございます。



『お誕生日会』

足かけ何年もお世話になってきた中で,やっと先生がおっしゃっている『子どもの成長を見られることは楽しい』と言う意味がわかってきたように思います。

わが子を見ていると,日々の生活の中で時間に追われているような気になり,成長も日進月歩のような感覚になりますが,子どもはやはり自らを成長させようとする偉大な存在なのですね。

先生が繰り返し教えてくださっている『母親は,よく観察して,よく聞いて,口をあまりださない』ということを実行していれば,子どもは育っていくのだということと,親が常に安定しているべきだということを再確認しました。

一人ひとりの行動や内容を瞬時に把握している先生のテクニックは何度見ても感動の一言で,毅然とした先生の姿と絶対的信頼感を寄せる子どもたちの輝いた目に言葉がつまるほど感動してしまいました。絶対的信頼感を持って愛にあふれた母親になるべく,これからも日々精進していきます。



『作品展1』

作品展ありがとうございました。1つずつ名前を付けたり,とても大変だったことと思います。

子どもの作品展というものは初めての経験でしたが,とてもよかったです。みんなの一生懸命展というか,その子(個)展というか…
作品から見る子どもたちの様子がとても楽しかったです! 正直,あのように飾り出してみると,素敵な作品ばかりで驚きました。見せるために作ったものではないとわかっていても,見栄え良過ぎでした。いや…見せるために作っていないからこそ,伝わってくるものがあったのだと思います。

他の子と比べるというのではありませんが,以前はこういう頃もあったな…とか,この年齢でもこういうことができるんだなとか,家にはないおしごとの作品があったりと,並べて見ると,我が子が持ち帰って来た作品では見ることができない面もありました。子どもの体の絵も,絵本を返す時などに見たはずでしたが,改めて描いた子,描かれた子をじっくり見ると,とてもおもしろかったです。顔,特徴,雰囲気が伝わってきて,その子が見えるようでした。

普段,先生方や,夫や,他の母たちと作品についてじっくりと話をすることもないので,とても良い機会でした。見せるための展ではなく,子どもの家の造形に対する子どもたち,先生方の取り組みが伝わってきた作品展でした。充実した時間を過ごすことができました。



『作品展2』

作品展についてですが,まずわが子が一番楽しみにしていました。正直なところ,家でもそれなりに展示(?)はしているので,そこまで楽しみにするものかと思ったのですが,一生懸命作った自分の作品を大勢の方に見ていただけるという機会は,小さな芸術家気分を味わえたのでしょうか?本当にうれしそうでした。

祖母(私の母)は「子どもたち全員がのびのびと色んなことをさせてもらえている」と話してくれました。私は「子どもの可能性を大人が決め付けてはいけない」,「子どもって色々なことを生み出すパワーを持っている」と再認識しました。

親バカになって誤解しないように常に思っているのですが,「計算もできてすごい,カタカナも読めてすごい,彫刻刀もできてすごい,こんな細かいものを良くできるね」などと感嘆されたりすると,うちの子はできるのかと誤解しそうになります。でも決して「できる」のではなく,先生方ができるように導いてくださったこと,そしてわが子に限らず,子どもたち全員が毎日のお仕事の積み重ねの中で能力を育んでいるのです。素敵なことですね。

そして同じ題材でもひとつとして同じ作品はないし,薄っぺらなものも何一つなく,生き生きと作品が生み出されていることを本当にうれしく思えました。子どもの家に通える子どもたちは本当に幸せです。

来年以降も,ぜひ作品展継続をお願いします。



『筑波登山』

この日の目的である山登りはもとより,いつも一体どのようにして公共交通機関を利用し,しかも日曜日とはいえ人々の動きが活発な時間帯に大勢の子ども達を引率して行くのかといったことに,以前から非常に興味を持っていたので,電車に乗るところから楽しみにしていました。

筑波山は,自分も小学生の低学年の頃に登ったきりで記憶には薄かったのですが,実際に登ってみると,登山道は所々細く,道脇の木々の隙間から斜面を覗くと結構な急傾斜で,踏み外すと簡単に下まで滑落してしまいそうだったり,ある高さから上部はごつごつとした険しい岩場で,大人でも一歩一歩登るのが大変な大きい岩もあり,子どもにとってみたら自分の身長とまではいかなくても,目前に立ちはだかる岩をよじ登る印象だったのではなかろうかと思いました。しかも前日までの雨と,少しですが当日の霧雨の影響で岩がぬれていて,大人でも時々バランスを崩しがちになり,非常に慎重に足を踏み出していた位なので,彼らにとってはかなりの恐怖感や不安感を抱きながらの登山になったのではないかなと思いました。

そのような状況下でも,ばらつきはありますが,子ども達がめげずに一生懸命よじ登っていく姿や,先に行った者が後続の者に大きな声で「がんばれー」と声援を送る姿,その声援に応えるようにこつこつとあきらめずに登る姿を見られたことは,日々多忙の中で純粋さを失っている私たちにとって非常にいい体験となりました。また,山登りとは単なる体の健康のための運動ではなく,仲間との一体感,信頼感を感じたり,仲間への思いやりの気持ちを持つことを覚えたり,頂上まで頑張って登れたんだといった達成感を味わえる,健康な心の育成のための活動でもあるのだなと深く感じました。そして,これは家族で登るのとは違って,上の子ども達が面倒を見たり,全体が仲間として繋がっていることを感じたりといった団体生活での協調性を養える場なのだと思いました。

やがて二つの頂上を制覇して岐路に着く頃には,天候こそちょっと雨に降られ芳しくはありませんでしたが,子ども達の心の中はすっかりと晴れ渡っていたに違いないと思います。これからも子ども達にはこういった経験を少しずつでも積み重ねさせてあげたいものだなと思いました。今年から山登り活動をし始めた我が子にとっても,達成感や満足感等々を実体験できた貴重な一日だったと思います。



『父親参観』

幼少期に受ける教育が子どもにどのような影響を与えるのか?なんてまったく考えたことが無かった私としては,素直に「子どもの家」って普段何をしているのか?モンテッソーリって?という興味を持って,参加させていただきました。(普段,話を聞いたりはしておりますが,勉強不足で大変申し訳有りません。)

まず最初に驚かされたのは,教具の多さです,壁一面が棚になっており,そこに整理整頓された教具がたくさん有ることでした。ちょうど30年前,私が通っていた幼稚園では見たことも無いものばかりでした。数字や,文字,形,立体等,何に使うのかもわからないものまで。また,私がお仕事をしている部屋に入ったときには,子ども達全員が,席に着き,それぞれが色んな仕事を始めており,しゃべっている子や,走り回るような子(我が子を含め)もいませんでした。学級崩壊なんて言葉を耳にするようになった時代,それだけでもしっかりしているな,と感心しました。

近くにいる子達を見ていると,カレンダーを作っている子,教具を使って1〜100まで数字のお仕事をしている子,裁縫をしている子,織物をしている子,たくさんの四角い積み木で立方体を作っている子など様々でした。立方体を作っている子は,最後には目隠しをしだし,その形を手から感じ取り,組み立てており,大人の自分でもできるのか?と不安になりました。

我が子に目を移すと,最初は離れていたため遠巻きに見ていると,先生に作業ができたことの報告や,次の仕事はこれをやってもいいですか?と,新しい教具を持ってくる作業を何度も何度も繰り返し行なっており,家ではあまり見ることができない真剣な顔で作業をしていました。近づいてみると,難しそうな立体パズルを行なっており,しばらく見ているうちに完成させてしまい,真剣に見ていた私はかなりホッとしたのですが,本人は何事も無かったかのように,次の教具を探しに行っておりました。

我が子はまだまだかもしれませんが,今日のように一生懸命お仕事に取り組むことで,年長さんになる頃には,今の年長さん達のように育ってくれるのではないかと,期待を膨らませることができました。

正直,幼稚園選びの際に,近い,安い,親が楽か?といった観点から選ぶべきかと思っておりましたが,妻が「モンテッソーリ教育を受けさせたい」と言った気持ちが解った気がします。私自身,もう少し子どもの教育に目を向け,できる部分は協力しなければと思えただけでも,本日は有意義な時間だったと思います。ありがとうございました。




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